Aug 10, 2011

クレジットカードの礼儀

先日、親しい人のお店で食事をしに行った。会計の時の友人のいずれかが"クレジットカードを使用できますか"と聞くので、自分はその人を非難した。どこでもクレジットカードでお支払いするのはよくないと思う。クレジットカードを利用して、店が手数料を負担しなければならないからだ。そこで、ある程度の現金は財布に入れておかなければならない。
子供の頃のSF映画で、IDカードの職場に出勤するのが憧れだった。ところが、これでIDカードなどは当然と下手すると指認証や虹彩認証することもできる世界になってきました。その分、個人情報などを表示するための情報こそが生命の時代になっているのだとつくづく思っています。 IDカードと何とかは情報化社会に住んでいるからの情報音痴があったされず、まして、IDカードの一つも持たないようにすること、社会のお荷物かもです。
 ジョン・バリー氏(英作曲家)1月30日、居住するニューヨークで死去。77歳。

 「ロシアより愛をこめて」(1963年)など、映画「007」シリーズのうち11作で主題曲を担当。「野生のエルザ」(66年)の主題曲でアカデミー歌曲賞と作曲賞を受賞。このほかに「冬のライオン」(68年)などでも、アカデミー作曲賞を3回受賞した。(ロンドン 鶴原徹也)

 上田周二氏(うえだ・しゅうじ、本名・修司=しゅうじ=詩人)1月29日、急性腹症で死去。84歳。告別式は7日午前10時、東京都町田市上小山田町2147南多摩斎場。喪主は妻、玉江さん。

 著作に、「詩人 乾直恵」など。

 田中東竹氏(たなか・とうちく、本名・有=ゆう=書家、実践女子大名誉教授)1月29日死去。74歳。告別式は7日午前11時30分、東京都中央区築地3の15の1築地本願寺第二伝道会館。喪主は妻、昭子(てるこ)さん。

 西川寧に師事。中国書法の研究家でも知られた。日展会員、読売書法会常任理事。

 井上昭子さん(いのうえ・あきこ、本名・中野昭子=なかの・てるこ、女優)1月30日、膵頭部(すいとうぶ)がんで死去。69歳。告別式は6日午前10時、東京都新宿区上落合3の34の12落合斎場。喪主はめい、由川貴子(よしかわ・たかこ)さん。

 劇団・青年劇場に所属。舞台「博士の愛した数式」などに出演した。

 井上 昭子さん(いのうえ・あきこ、本名中野昭子=なかの・てるこ=女優)30日午前10時19分、膵(すい)頭部がんのため東京都文京区の病院で死去、69歳。東京都出身。葬儀は6日午前10時から新宿区上落合3の34の12の落合斎場で。喪主はめい由川貴子(よしかわ・たかこ)さん。
 青年劇場の主要な女優として活躍。主な舞台に「博士の愛した数式」など。 

 岩釣兼生さん66歳(いわつり・かねお=元拓大柔道部監督)27日、悪性リンパ腫のため死去。葬儀は9日午前11時、東京都港区芝公園4の7の35の増上寺光摂殿。喪主は妻信子(のぶこ)さん。

 柔道の木村政彦(故人)の弟子になり、71年全日本選手権決勝で佐藤宣践・全日本柔道連盟副会長を破って優勝した。

 井上昭子さん69歳(いのうえ・あきこ=<本名・中野昭子=なかの・てるこ>女優)30日、膵(すい)頭部がんのため死去。葬儀は6日午前10時、東京都新宿区上落合3の34の12の落合斎場。喪主はめいの由川貴子(よしかわ・たかこ)さん。

 青年劇場の中心的な女優として活躍。昨年末まで上演された「博士の愛した数式」が最後の舞台になった。

 大相撲の大関、魁皇関(38)が白星を挙げる度、古里・福岡県直方市の遠賀川河川敷で祝福の花火を上げた新谷嘉昭さん(81)が29日、脳幹出血のため亡くなった。葬儀は31日済ませた。喪主は妻リツ子(りつこ)さん。魁皇関の新入幕から約18年間、場所中は休まず河川敷に通った「伴走者」の訃報に、魁皇関も肩を落とした。

【写真特集】魁皇関の新記録たたえ表彰 幕内在位98場所 2010年1月

 勝てば2発、勝ち越せば5発、優勝は10発。住民は、新谷さんの花火の音で魁皇関の活躍を知ることができた。打ち上げは、魁皇関が幕内に昇進した93年5月の夏場所から。仕事は自動車整備業だが、花火打ち上げの資格を持っていたため、後援会などから頼まれた。

 年間90日の場所中は午後5時過ぎに軽トラックで河川敷に乗りつけた。土俵に上がり続ける魁皇関の姿に「魁皇が休まんのなら、休める仕事じゃない」と通いつめた。

カド番をしのいで迎えた昨年11月の九州場所で12勝を挙げた魁皇関に「やっぱり勝つと景気がいいよ」と目を細めていた。

 魁皇関は「故郷で新谷さんに上げていただいた花火にどれほどの勇気をもらったか計り知れない。ご恩返しのためにも、一番一番を大切に土俵を務め、精進していく」とのコメントを出した。

【小畑英介】


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 大相撲の大関、魁皇関(38)が白星を挙げる度、古里・福岡県直方市の遠賀川河川敷で祝福の花火を上げた新谷嘉昭さん(81)が29日、脳幹出血のため亡くなった。葬儀は31日済ませた。喪主は妻リツ子(りつこ)さん。魁皇関の新入幕から約18年間、場所中は休まず河川敷に通った「伴走者」の訃報に、魁皇関も肩を落とした。

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 勝てば2発、勝ち越せば5発、優勝は10発。住民は、新谷さんの花火の音で魁皇関の活躍を知ることができた。打ち上げは、魁皇関が幕内に昇進した93年5月の夏場所から。仕事は自動車整備業だが、花火打ち上げの資格を持っていたため、後援会などから頼まれた。

 年間90日の場所中は午後5時過ぎに軽トラックで河川敷に乗りつけた。土俵に上がり続ける魁皇関の姿に「魁皇が休まんのなら、休める仕事じゃない」と通いつめた。

カド番をしのいで迎えた昨年11月の九州場所で12勝を挙げた魁皇関に「やっぱり勝つと景気がいいよ」と目を細めていた。

 魁皇関は「故郷で新谷さんに上げていただいた花火にどれほどの勇気をもらったか計り知れない。ご恩返しのためにも、一番一番を大切に土俵を務め、精進していく」とのコメントを出した。

【小畑英介】


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