Mar 08, 2010
海外ホテル宿泊時の
私は海外旅行は3回しか見たことがないのですが、海外のホテルの宿泊報告、日本のホテルにはない緊張感を感じます。最初に驚いたのは、荷物を部屋に運んでもらうにも、タクシーを呼んでくれても、チップを手渡す必要があるのです。また、部屋に荷物を置くことができるも心配な部分がありました。海外ホテルは、客室清掃をしてもらうにも貴重品は目につかない場所に保管しないと、心配でした。物価の高い地域に旅行をした時、キッチンが付いているメゾネット反発タイプ、海外のホテルお勧めします。まず、食費が軽減されます。自分でスーパーに行って、簡単なものであれば調理できます。また、温かいものが食べたくなるので、寒い時期にもお勧めします。地方では日曜日は安息日にお店がすべてしまっていることもあります。そのような点を根拠にして、海外ホテルの選択基準としてみてはいかがでしょうか。
今季の海外メジャー第3戦「全英オープン」は14日(木)から4日間、イングランドのロイヤルセントジョージズGCで行われる。一昨年から3年連続の出場となる石川遼は、開幕前日の13日(水)まで念入りに練習ラウンド。難攻不落のコースを相手に不安を残さず調整を終えた。
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打球の行方をくらませる激しいうねりを持つフェアウェイとグリーン。ドーバー海峡から、時には海へ向けて吹きぬける、強く重たい風。英国入り後、10日(日)から4日間本場のリンクスでのラウンドを重ね、コース攻略に向け石川が出した答えは明確だった。「低い球、高い球、フック、スライスといろんなボールがあるが、自分のベストな持ち球で勝負する」。ドライバーではストレートに近いドローボール、アイアンではフェード、いずれも高弾道の本来の球筋。日本、米国のコースとは異なる状況下でも「小手先で抵抗するとひどい結果になる」とスタイルを最後まで変えない覚悟を決めた。
全英では2009年の予選落ちから、昨年は27位。聖地セントアンドリュースで手応えを感じ、今年も前年以上の成績をマークすることが目標のひとつ。「ショットがラウンドをこなすにつれてどんどん良くなっている」と自信を深めている。
13日の最終調整を終えると「今日のラウンドがいい内容だったので不安が無い。ただ、警戒心もしっかり持てているので良い状態」と充実感たっぷりの顔で話した石川。「風が吹いても選手によっては4バーディ、5バーディも出る。僕もどんなコースでも(普段通り)4バーディを目指してプレーしたい」。あるがままのコースに、ありのままの姿で挑んでいく。【イングランド・サンドウィッチ/桂川洋一】
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なでしこジャパンが世界の頂点へ王手をかけた。ドイツで開かれているサッカーの女子ワールドカップ(W杯)。日本代表は14日未明(日本時間)の準決勝でスウェーデンを3−1で破り、初の決勝進出を決めた。快進撃を引っ張るのが、15歳で代表入りして以来、3度の五輪と5度のW杯に出場してきた主将の澤穂希(ほまれ)選手(32)。負けず嫌いと照れ屋の顔を併せ持つ「なでしこの魂」だ。
1−1の同点で迎えた後半15分、スウェーデンゴール前の競り合い。長身守備陣の間をぬってヘディングで押し込んだのは、澤選手だった。両腕を突き上げ、喜びを爆発させる。自らのパスをきっかけに先制されたミスを帳消しにする「歴史的な決勝点」になった。
東京都府中市出身。米が不作だった年に生まれ、「稲穂がよく実るように」と名付けられた女の子は、幼い頃から活発だった。はいはいをするより早く、生後9カ月で立ち上がる。泥だらけになるまで外で遊ぶ日々。木から落ち、頭を縫っても泣かなかった。
1歳上の兄を追い、小2で「府ロクサッカークラブ」に入る。2年後輩には、元日本代表の中村憲剛選手(30)がいた。唯一の女子だったが、監督だった大高富太郎さん(67)は「キック力もドリブルも男子顔負け。最後まで試合をあきらめない気持ちは男子より上だった」。試合相手にも、女子だと気付かれないことが多かった。
悔しい思いもした。4年生の時に出場した試合。対戦相手の男子選手に「女のくせに」と挑発され、足を蹴られた。怒った澤選手がこの男子を追いかけ回し、試合は中断。本人と相手の監督が謝罪する騒ぎになった。試合後、母の満寿子(まいこ)さんは「いつか素晴らしい選手になって、見返してやりなさい」と励ました。
女子サッカーがまだ普及していない時代。澤選手の活躍で予選を勝ち抜いても「前例がない」と全国大会に出場できないこともあった。卒業文集には「男子チームの中、女子1人で最後まで続けたことは『がんばったな』と思う」とつづった。
15歳で日本代表デビュー。20歳から4年間は、レベルが高い米国に単身渡ってプレーした。代表同士の公式試合通算79得点は、男子の釜本邦茂さんを抜く日本歴代最多だ。経営難による女子サッカーの苦境が伝えられる中、先駆者として、司令塔として、長くなでしこを引っ張ってきた。
満寿子さんによると、口数は多くはない。「背中で引っ張る」タイプだ。毎年、母の日には短いメールが届く。「感謝しています。産んでくれてありがとう」
W杯直前。試合の話をあまりしない澤選手が母に言った。「ドイツに勝ちたい」。3連覇を狙う強豪の名を出したことに、満寿子さんは「これまで以上に手応えがあるのかも」と感じていたという。
快挙を成し遂げたなでしこたちは試合後、東日本大震災への支援に感謝する横断幕を掲げてピッチを回り、大歓声を浴びた。澤選手はインタビューで語った。「失点に絡んだので取り返してやるという強い気持ちだった。自分の夢、目標だった『アメリカとの決勝』。金メダルを持ち帰る」。自宅でテレビ観戦した元監督の大高さんは「子供の頃から得意だったヘディングで決めてくれた。いいプレーをありがとう、と言いたい」と喜んだ。【安高晋】
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